探究の種――世界遺産・熊野古道を未来へつなぐ「道普請」という学び

世界遺産・熊野古道を舞台に行われている「道普請(みちぶしん)」は、道を守ることで未来へ価値をつなぐ保全活動です。単なる体験ではなく、世界遺産を“支える側”として関わるこの学びは、探究学習や教育旅行とも高い親和性を持っています。今回は、熊野古道の道普請を通して見えてくる「学びの本質」と、その教育的価値を紹介します。 写真提供:(公社)和歌山県観光連盟、Photo Credit: Wakayama Tourism Federation

――守る立場に立つことで見えてくる、もう一つの世界遺産

和歌山・三重・奈良の三県にまたがる紀伊山地。その深い森の中を、人々は千年以上にわたり歩いてきました。熊野詣の参詣道として受け継がれてきた熊野古道は、現在では世界遺産として国内外から多くの人を迎えています。

けれども、この道は「そこにある」のではなく、「守られてきた」道です。雨の多い紀伊山地では、土が流されやすく、道は放っておけばすぐに傷んでしまいます。熊野古道が今も歩ける姿で残っている背景には、人の手による地道な保全の積み重ねがあります。

世界遺産を支える「道普請」

熊野古道で行われている保全活動の一つが「道普請(みちぶしん)」です。道普請とは、地域の人々が協力して道や水路を整えてきた、昔ながらの共同作業の文化。熊野古道では、この営みが現代にも引き継がれ、文化庁の許可のもとで実施されています。

参加者は、土を土のう袋に入れて運び、傷んだ道に戻し、踏み固めていきます。作業自体は決して派手なものではありません。しかし、その一つひとつが、熊野古道を未来へつなぐ確かな行為です。日本で唯一、世界遺産の保全に直接関わることができる体験として、企業のCSR活動や教育旅行、探究学習の場としても注目されています。

作業が「問い」に変わる瞬間

道普請の価値は、単に体を動かすことにあるのではありません。土を運びながら、「なぜこの道は守られてきたのか」「なぜ今も人の手が必要なのか」と、自然と問いが生まれてきます。

自分たちが整えた道を、未来の誰かが歩くかもしれない。その想像は、世界遺産を“見る対象”から、“支える存在”へと捉え直すきっかけになります。教室で学ぶ歴史や文化が、目の前の土や道と結びついたとき、学びは一気に自分ごとへと変わっていきます。

探究学習としての熊野古道

道普請は、探究学習との相性も高い取り組みです。事前に熊野古道の歴史や信仰、世界遺産としての価値を学び、現地では語り部の話を聞きながら道を歩き、保全作業に取り組む。体験の後には、「自分たちは何を守り、何を未来に残したいのか」という問いが残ります。

地域の過疎化や高齢化が進む中で、こうした保全活動がどのような意味を持つのかを考えることもできます。道普請は、地域課題や持続可能な社会を考える入口にもなっています。

道を直すことは、未来を整えること

道普請は、過去から受け取った価値を、未来へ手渡す営みです。熊野古道という一本の道を通して、私たちは「何を大切にし、どう次の世代へ引き継ぐのか」を静かに問いかけられます。

世界遺産を学ぶだけでなく、守る立場に立つ。その経験は、確かな実感として心に残り、次の探究へとつながる種になります。熊野古道の道普請は、学びと社会を結び直す、かけがえのないフィールドです。