【探究の種】地域全体を学びのキャンパスにする「社会とつながる教室」

長野県松川町で、松川高等学校と地域・企業・行政が協働して実施する「社会とつながる教室」。本記事では、地域の大人との出会いから自分の興味を見つけ、対話を通して問いを深め、実際の行動へとつなげていく学びを紹介します。生徒の「やりたい」を社会の中で形にする実践を通して、自己実現と地域の循環を育む教育の可能性に迫ります。

地域全体を、学びのキャンパスに

長野県南部、伊那谷に位置する松川町は、南アルプスと中央アルプスに囲まれた自然豊かな町です。町の中央には天竜川が流れ、古くから「果物の里まつかわ」として知られてきました。サクランボやリンゴなど、季節ごとの果物を目当てに訪れる人も多く、近年では交流人口も増えています。

また、松川町は絶滅危惧種であるアカモズの貴重な繁殖地でもあり、さまざまな団体と協働しながら環境保全にも取り組んでいます。豊かな自然、産業、人のつながりが息づくこの町で、地域全体を学びのフィールドにした取り組みが行われています。

それが、長野県松川高等学校と地域・企業・行政が協働して実施する「社会とつながる教室」です。

「自分はどう生きたいのか」を考える

「自分は何をしたいのだろう」
「将来、どのように生きていきたいのだろう」

こうした問いに悩む若者は少なくありません。情報や選択肢にあふれた現代では、正解を探すこと以上に、自分なりの問いを立て、考え、行動していく力が求められています。

「社会とつながる教室」は、生徒が自己実現のプロセスを体験することを目指した学びの挑戦です。ここで大切にしているのは、学校教育が担ってきた「土台の学び」に加え、暮らしや社会の中で形になる「実践的な学び」を取り入れることです。

知識を身につけることと、その知識を社会で活かすことは、必ずしも同じではありません。学んだことを、社会で使える知恵に変えていくためには、実社会での経験が必要です。だからこそ、この教室では、地域で働く大人との出会いや住民との対話、実際の活動を通して、学校の教室から地域全体へと学びを広げています。

「やりたい」を形にする3つの授業

「社会とつながる教室」は、生徒の中にある「やりたい」という思いを引き出し、社会の中で実現できる形へ育てていくために、「出会う授業」「深める授業」「やってみる授業」の3つで構成されています。

1つ目の「出会う授業」では、自分の興味や関心の種を見つけることを目指します。地域で活躍する起業家、職人、表現者、地域でいきいきと活動する人など、さまざまな大人との出会いを通して、多様な生き方や働き方に触れます。「こんな生き方もあるのか」「こんな仕事も面白そうだ」と感じることが、学びの入口になります。

2つ目の「深める授業」では、自分の興味の背景にある価値観や問いを探究していきます。哲学対話では、「幸せとは何か」「働くとは何か」「地域とは何か」といった根源的な問いについて、仲間と対話を重ねます。答えを急ぐのではなく、異なる価値観に触れながら、自分の考えを深めていく時間です。

3つ目の「やってみる授業」では、思い描いたことを実際に形にしていきます。地域社会をフィールドに、今まさに社会で実践している大人たちと一緒に取り組むことで、自分一人ではできなかったことも、地域のつながりを活かしながら実現していきます。

日常の気づきから生まれたベンチプロジェクト

「やってみる授業」の実践例として、2025年に取り組んだ「松高ベンチプロジェクト」があります。

「バスを待つ時間に座る場所が欲しい」
「桜の木の下でゆっくり過ごしたい」

そんな日常の気づきから、「ベンチをつくろう」というプロジェクトが始まりました。生徒たちは、そこでどのように過ごしたいのかを想像し、「荷物置きが欲しい」「お弁当を置けるテーブルが欲しい」「たくさんの人が座れる広いベンチにしたい」など、意見を出し合いながらデザインや機能を考えました。

さらに、地域の家具職人や大工、材木店の方々と協働し、設計、木材の計測、切断、組み立て、塗装、設置まで、すべての工程に取り組みました。切り口が曲がってしまい、思うように組み立てられない失敗もありました。それでも、地域の大人たちの温かな支えを受けながら、試行錯誤を重ね、最後まで形にすることができました。

小さな気づきを行動に変え、地域の中に実際の成果物として残していく。その経験は、生徒にとって「自分の思いは社会とつながることができる」と実感する機会になっています。

学びを支える、地域の循環へ

この取り組みを継続していくためには、生徒の学びに伴走する支え手や、活動を支える事業費が必要です。その解決の糸口として、学校を教育の場としてだけでなく、地域のエコシステムの一部として捉える視点が大切になります。

人口減少が進む中で、地域企業や自治体では人材確保が大きな課題になっています。だからこそ、企業、自治体、地域の人々がそれぞれの特色を活かしながら、子どもたちの学びを支えることには大きな意味があります。

地域で学んだ若者が、将来その地域で働いたり、起業したり、次の世代の学びを支えたりする。そうした循環が生まれることで、「社会とつながる教室」の持続性だけでなく、地域そのものの持続可能性も高まっていくのではないでしょうか。

松川町で行われているこの学びは、学校の中だけで完結するものではありません。地域と出会い、問いを深め、実際にやってみる。その一連のプロセスを通して、生徒一人ひとりが自分らしい未来を考え、社会とつながる力を育んでいます。