「生きた教科書」としての南三陸
宮城県沿岸部に位置する南三陸町。町境が分水嶺となり、山に降った雨が志津川湾へと流れ込む独自の地形を持っています。山から運ばれる豊かな栄養と、暖流・寒流が交わる海は、カキやホタテ、ワカメなどの養殖業を育み、人々の暮らしと産業を支えてきました。
一方で、2011年の東日本大震災では巨大津波により甚大な被害を受けました。復興を経た現在、町は「人と自然が共生する『いのちめぐるまち』」を掲げ、持続可能な地域づくりに挑戦しています。
こうした南三陸全体を探究のフィールドとしてつなぐ役割を担うのが、一般社団法人南三陸町観光協会です。学校の学習目的やカリキュラムに合わせ、一次産業従事者、行政、民間事業者、NPOなど地域の実践者をつなぎ、学びの場をコーディネートしています。
探究学習が広がる一方で、「調べ学習がネット検索で終わってしまう」「地域課題を扱っても、自分ごとになりにくい」といった課題もあります。南三陸では、地域に入り込み、「生の事実」と、そこで暮らす人々が抱える葛藤に触れることを大切にしています。
ネット検索だけでは出会えない「生の事実」
2026年8月、武蔵高等学校中学校(東京都)の「夏の東北地域探究旅行」として、「南三陸 海の営み×いのちの循環コース」が実施されました。
1日目は、海での自然観察からスタート。豊かな生態系を体感した後、「南三陸311メモリアル」や語り部ガイドによるまち歩きを通して、震災と復興の歩みを学びました。さらに行政職員から、人口減少や海水温上昇による魚種の変化など、現在進行形の地域課題について話を聞きました。
2日目は、地方卸売市場の見学や漁業協同組合職員、現役漁師、水産加工事業者へのインタビュー、漁船での養殖場見学へ。「高水温で新しい魚種が獲れ始めても、漁法や流通を一からつくらなければならない」「高齢化で互いに支え合える仲間が減っている」。現場で働く人の言葉に触れることで、生徒たちが知識として捉えていた「環境問題」や「地域課題」は、そこで暮らす人々の切実な課題へと姿を変えていきました。
体験から「自分だけの問い」へ
多様な立場の声に触れる中で、生徒からは「なぜ新魚種への挑戦は難しいのか」「高齢化する水産業を次の世代につなぐにはどうすればいいか」といった問いが生まれていきました。
最終日には、現地で得た一次情報をもとに、グループごとに探究計画を組み立て、プレゼンテーションを実施。「新しい漁業へ資金を集める仕組み」や「志津川湾の海産植物群落保全による利益の周知」、「養殖技術を自校の生徒へ伝える取り組み」など、自分たちの気づきから具体的なアクション案へと発展させました。
参加した生徒からは、「実際に行って体験し、自分で深掘りすることが大切だと気づいた」という声も。引率した教員からも、行政、漁協、漁師、加工業者など、さまざまな立場に触れることで、学校だけでは伝えにくい現場の課題を学べたという振り返りがありました。
現地に立ち、人に会い、自分の目で確かめることが、問いを自分ごとへ変えていきます。
問いを持ち帰るための伴走
今回のプログラムでは、NPO法人海の自然史研究所の平井和也氏が全体コーディネーターとして伴走しました。
平井氏が生徒に伝えたのは、「ツアー内で問いかけることがゴールではなく、学校に戻ってから、社会に出てからが本当の『問い』のはじまり」ということ。現地で答えを出して終えるのではなく、その後も考え続けるための問いを持ち帰ることを大切にしています。
こうした専門的な伴走があることで、体験は一過性の思い出ではなく、学校に戻った後も深め続けられる学びへとつながっていきます。
「答えのない問い」がある地域へ
南三陸町観光協会では、これまで培ってきた震災伝承や一次産業の学習をさらに発展させ、気候変動や海洋プラスチックを扱う環境・SDGs探究、防災・BCP研修、里山里海の資源を生かしたアントレプレナーシップ・地方創生探究など、学びの領域を広げていこうとしています。
地域には、教科書だけでは見えてこない矛盾や葛藤、そして簡単には答えの出ない問いがあります。だからこそ、現地を歩き、人の声を聞き、自分なりに考えることに意味があります。
南三陸は、知識を得るためだけの場所ではありません。地域の自然、産業、震災の記憶、そして現在進行形の課題に触れながら、生徒一人ひとりが「自分の問い」と出会い、その問いを学校や社会へ持ち帰るための、生きた探究のフィールドです。
